ありのままに「見る」ことで、幸せが生まれる

あらゆることの選択と自分

私は、生活している中でいつも感じることがあります。それは「自分の幸せを優先するのってすごく難しい」ということです。

 

日々生活するうえでやることはたくさんあります。私にとって、日常の当たり前のルーティンを日々こなすことさえ難しいです。朝起きて、身支度して、朝食を食べて、お昼のお弁当を準備して、仕事に行って、帰ってきたら夕食を作って、お風呂に入って寝る。きっと大半の人は当たり前にできることなのかもしれませんが、私にはそれができません。いつも時間に追われ、身支度はバタバタ、朝食は食べられない、お昼はコンビニか外食、夜も簡単に済ませて、場合によってはお風呂も諦める。

 

こんな毎日を過ごす中で、私は時間的な理由に限らず様々な理由をつけて、日々あらゆることを諦めていると気づきました。お金がないから、環境がないから、体力がないから、後々困るから。「本当はこうしたいのに」と思っても、それが許されない状況に焦りや苛立ちを感じることもありました。

 

しかし、知人のコーチングを受けていくうちに、とても大切なことに気づきました。実は、諦めるという選択を自ら進んでしている、ということ。そしてさらに、やりたい事を諦めて“仕方なく”やっていることも、実は自分がやりたいと思っていることだということ。

つまり、その時の自分はいろんな事を含めたうえで、「時間の方を優先したい」と判断して、やりたいことを諦めるという選択をしていたのです。時間的な制限で諦めさせられているのではなく、ちゃんと自分の意思で時間を優先することを選んでいたのです。

 

問題の核心は、その選択をした自分を見てあげていなかったことでした。その時の私は、時間を優先するほうが大事だと感じたのです。だから私はやりたい事より時間を優先した。まずはその選択をした自分に気づくことが大切でした。そしてそんな自分を良し悪しでジャッジせず、ただただその存在を見てあげる。それがとっても大切なのだと気づきました。

私がいつも忙しさやいろんな理由によって幸せを奪われているように感じたのは、実は自らのジャッジエラーが原因でした。そこが分かると、今まで見てもらえなかった自分に居場所ができ、それだけで幸せの感度が上がります。そしてようやく、恐れのない状態で「じゃあどうするか」を考えられるようになりました。

 

これまでの話を少し整理すると、「自分の幸せを優先する難しさ」はどの行動を優先するかというタスクマネジメントの問題ではなく、その行動を選択した事実の捉え方の問題だった。どんな選択も必ずそれが良いと判断した自分が居るので、その存在に気づいて見てあげることで安心安全な心理状態になり、新たな行動を起こせるようになる、ということです。

選択した自分をみてあげること、すなわち幸福への道しるべ

この気づきのおかげで今は、「本当はこうしたいのに」という感情が起きた時、そうじゃない選択をしている自分を見てあげて、選択をしているのは自分だと認識し、「じゃあどうしたい?」と自分に問いかけ、本当はこうしたいのならやろう!と、少しずつ行動が変わってきました。

 

なので今は、夜が遅くなっても大好きなお風呂は入るし、寝るのが遅くなっても自分を責めず、積極的にその選択をした自分に満足しています。まだまだできていないことが多いですが、今はこっちを優先したいと思っている自分をただただ見てあげています。そうすると不思議と、あれもやってみたい、これもやってみたいと新しい欲求も出てきて、本を読み始めたり(実用書以外読まなかった私がエッセイを読んだり、大好きなアーティストのムック本を読んだり!)、完全に諦めていた刺繍を再開したり、竹かご(えびら)教室を再開させようかな、なんて思ったり。かつては焦りや苛立ちを感じていたのに、今は日々の幸福度が格段に上がっているのを感じます。今後は今の私たちの生活について、少しずつ紹介していきたいと思います。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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